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『天地明察』 [読書]

冲方丁の時代小説、『天地明察』。
漆黒の表紙いっぱいに白に近いクリーム色で「天地明察」の四文字がでかでかと書かれ、
中央には金の箔押で北斗七星の星図と作者の名前。
たいそう魅力的な装丁でした。
これはハードカバーで手に入れておきたいと思わせられた。

プロジェクトX風にいうと、貞享暦を作った男たちの物語。
貞享暦すなわち大和歴を作ったのは渋川春海だけど、そうなるように舞台を整えて、
支援して、力を貸した人たちも含めて、江戸時代前期の群像劇になっています。
保科正之の高潔なフィクサーぶりや酒井忠清の冷静さ、
少年のようなハートで日本全国の北極星の高さを計りに行く建部昌明と伊藤重孝、
会津の気風そのままに律義な安藤有益など、登場人物の名前が自然に名前が頭に入ります。
水戸のお屋形様もステキだった。
「憎しみのこもった尊敬の目」という表現に本気の悔しさを感じて、その真剣さがよかった。

主人公の春海が名前のとおり、おっとりのんびりした気性なんだけど、いい人なんだよね。
目上の人に教わる態度は謙虚で瑞々しく、年下の人に対しても誠実でいい。
碁打ち衆の務めも嫌いじゃないが算術はもっと好きという居場所の定まらない立場ゆえに
自己評価は低めで、万事相手に敬意を払うことのできる腰の低い人で、ちょっぴり小心者。
だけど、春海と相対した関孝和や本因坊道策のずば抜けた才能が読者に伝わるのは、
彼自身がそれがわかるだけの算術や碁の才を持っているからでしょう。
そして、なにより、彼は暦を作るために星を観測し、計算し、誤差を修正し、試算を繰り返す
並でない努力を継続する才能も持っていたのでした。

40代になった春海が改歴の機にあたって、
先を見越して280通もの手紙を出すあたり、春海も大人になったのねえと感じて、
根回しのよさや粘り強さを身に着けて良い意味でしたたかになった様子を丁寧に書いていったら、
人物にもっと深みが出たと思うんだけど、そのへんはさらりと流しています。

登場人物で一番活き活きとしていたのは武家の娘、えんでした。
自己嫌悪のあまり人の玄関先で腹を切ろうとする春海に怒って曰く、
「誰が掃除をすると思っているのですッ」
うん、正論すぎて笑ったさ。
後日、庭の桃の木を切り倒して曰く、
「あなたの技芸向上に水を差すような些事の源など、この家に一切不要です」
ちょっとヤンデレの気もあります。
春海とえんが一度は人生のタイミングが合わず離れ離れになって、
何年も経ってから再会するのも暦の巡りのようでした。

天地明察は時代小説だけど、史実に沿って書こうとした部分が多いのと、
主人公の人柄を大切にした結果、冲方丁にしてはおとなしい作品かもしれない。
春海は腰に刀を差していても文人と呼んだ方が似合いそうな人物だし、
書き方は全体的に淡々として、歴史書を読んでるような気分になる。

神道と暦の話が不思議な説得力があって楽しかった。
宗教と暦、碁と天の理、天文と算術と政治が絡み合って、よくできた物語だった。
読み終わった後、日本史の史料集を開いて、
そこに『天地明察』の登場人物の名前が複数載っていることを確認して、嬉しかった。
時代小説は面白いなあ。
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「マルドゥック・スクランブル"104"(ワン・オー・フォー)」 [読書]

こちらも『ゼロ年代SF傑作選』収録。
冲方丁、「マルドゥック・スクランブル"104"(ワン・オー・フォー)」。
ボイルドとウフコックがコンビを組んで事件屋をしていた頃の話。
「ダダーン」と叫んで銀色のディナープレートから飛び出す、おどけたウフコックを見たい方は必読。

短くてあっさりしているけど、スクランブル‐09の役割やオクトーバー社との因縁、
危機的状況から自分を取り戻すための第一歩など、シリーズの基本要素は押さえてある。
バロットは登場しません。ボイルドとウフコックの話なのに、
どうしてヴェロシティの番外扱いじゃないのかと思ったら、ああ、視点が違うのか。
ボイルド視点の短文形式じゃなくて、保護対象である一般人女性寄りの三人称。

ドクター・イースターが、法律を盾と武器にして敵と戦うシーンが見せ場だった。
敵も自分たちも「合法的に」矢継ぎ早に無茶の応酬をしている状況が面白かった。
保護対象が銃器撲滅論者ということもあって、ボイルドは真価を発揮してないけど、
ウフコックの機知に富んだ優しさを堪能できる短編でした。

『ゼロ年代SF傑作選』は2000年代に発表された短編SFのアンソロジーで、
いろいろなSFを読めて楽しかった。
人という土壌に根付く文化や伝統を扱った長谷敏司の「地には豊穣」も面白かった。
作中の桜が咲いている場面に心を動かされるのも日本人だからという気もして、
この短編だけでは計りきれない。
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「おれはミサイル」 [読書]

長い間、空で戦っている老朽化した全翼機が、ある日、自分の中に『声』を発見し、
声の正体であるミサイルと意思疎通し、ちょっとだけ相互理解して、さよならする話。
ずいぶん前に「SFマガジン」に掲載されていた秋山瑞人のSF短編小説で、
今月発売のハヤカワ文庫JA『ゼロ年代SF傑作選』に収録されています。
「おれはミサイル」を文庫化してくれてありがとう早川書房。
そして、「海原の用心棒」の文庫化はいつですか。

文体は、全翼機の一人称。
ミサイル母機の思考回路に触れられるというのは素敵だと思う。
門外漢を置いてきぼりにして滔々と溢れる専門用語がそれっぽくて楽しい。
SFマガジン2002年5月号の「前篇のあらすじ」には、全翼機搭載のAI=私と書いてあったけど、
「私」はAIじゃなくて全翼機そのものだよな。

秋山瑞人の小説は、異なる価値観を持つ者たちがコミュニケーションしようとしてぶつかったり
理解しあったりやっぱり分かりあえなかったりそれでも暖かいものが少し残ったりするところが
好きだと思っていたけど、これを読んで秋山作品において独立した存在が2体あれば、
必ず価値観の衝突があるのだとわかってしまった。
全翼型戦闘機とそこに搭載されたミサイルとでも価値観は違う。
戦闘機は敵の破壊より自己の保存を優先して二次命令に備えることを信条とし、
ミサイルは敵の破壊を唯一至上の目的としてその瞬間に賭けて生きている。
そんな彼らのやりとりが面白くておかしい。

全翼機である私が、普段は黙らせている自己診断系の母線を久しぶりに再接続して
67種類の警告信号にやっぱりうんざりする場面と、
自分の中に湧いた『声』の発生源を探す電子戦の場面が好き。
それと、「故障箇所をただのひとつも抱えておらず、すべての機能を何の問題もなく発揮できる
航空機など、この大空にはおそらく一機も存在しない。(中略)そうした【弱点】をいかに素早く見抜き、
いかに効率よく攻めるか。ほとんどの場合、そのことが勝敗の行方を決定づける。」という文章。
困るんですよ、本当に。
『E.G.コンバット』や『鉄コミュニケイション』を読み返したくなっちゃうでしょ。
空中戦のシーンはとても楽しかった。

この戦闘機は長い長い時間を高高度の空で過ごしてきて、地上の概念も存在も知らない。
空中で補給は受けられるから、戦争を続けるシステムは生きているのだけど、
全体がどうなっているかはわからない。
それでも任務に従って飛び続けるという、渋い話でした。
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『植物記』 [読書]

日本有数の植物学者、牧野富太郎の自選エッセイ集。
筑摩書房のちくま学芸文庫から復刊された文庫本を読んでいるんだけど、
牧野先生の文章の調子が意外と気さくというか伝法というか、
さすが坂本龍馬と同郷と申しますか、べらんめえで親しみがわきます。
高知県立牧野植物園で見た植物のスケッチはあんなに丁寧で繊細で正確だったのに。

この本を読んで100人が100人植物の知識を身につけることが可能どうかはさておき、
牧野さんのお人柄に触れることができて親しみが湧きました。
さすが長州藩出身者と言ったら、レッテル貼りみたいで怒られるよなと思っていたら、
ご本人が「私は土佐の生まれ丈けあって、その鼻息がすこぶる荒らかった」と書いていた。
(250ページ「私と大学」の項) 豪気な方ですね。

博学で、さまざまな竹の花の解説などはすみません難し過ぎます。
万葉集や古典の植物誌を引いて、博覧強記の知識を次々と披露してくださる。
これだけの引き出しがあるというのは、どれだけ若い頃から触れていたのかな。
植物学史の裏話的なエピソードも山盛り、本人が言ってることなのでどこまで信じるかはあなた次第。

椿はツバキではない。蓬はヨモギではない。桜は桜桃のことであるなどなど。
初版発行から50年の間に生物学上の発見があって牧野先生の主張にまちがいが
見つかった部分もあり(だから100%鵜呑みにできない)、50年経っても世の中が牧野さんの主張に
染まらなかった部分もあり、楓はカエデ科のカエデではなくマンサク科のフウであると言っても、
広く人口に膾炙してしまった今さら、どうしようもないよねえ。

納得できないことがあれば、時として先人も先輩もけちょんけちょんであり、
そういう強気な人じゃないとここまでの結果は残せないのかもしれないな。
それを自選エッセイに再録しちゃうところがまた無邪気で大胆。
熱海サクラの名所化計画は、カワヅザクラでほぼ実現しましたね。

スエコザサにその名がある奥様のことを「恋女房」と表現しているのが可愛げであり、
しかしながら、そんな程度の労りでは済まないほどの苦労を掛けてると思う。
年表から換算すると、富太郎26歳のとき奥様14歳くらいと結婚してるじゃないですか。

植物に親しむ機会になれば儲け物くらいの気持ちで流し読みして、楽しかったので満足です。
自分がもう少し知識を身につけて、詳しくなったらまた読もう。
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米澤穂信フェア [読書]

お正月はひとり米澤穂信フェアでした。
以下、部分的にネタバレありの感想です。

『氷菓』、『愚者のエンドロール』、『クドリャフカの順番』
神山高校文化祭シリーズ、自分は何者になれるのかという話。
内容は、廃部寸前の古典部に入った一年生の男子女子計4人による、身近な謎解き。
古典部の4人は仲が良くて高校生活が楽しそうでいい。
さりげなく地域や社会とつながっている感もある。
『クドリャフカの順番』は4人の視点が入り混じって、まさに祝祭で楽しかった。
続編も手に入りしだい読みたい。

ただ、作中で明言される謎解き以外にも、遊び心で小さな謎がこそっと入っている気がして、
ごつごつするというか、素直に読み下せない。
たとえば、『愚者のエンドロール』の折木奉太郎と福部里志のやりとり、
「黄色い背表紙の文庫」「日本人作家だね、割と固いところだ」は、創元推理文庫のことだろう。
軽音部が「The march of black queen」の音合わせをしていることさえ意味深に思える。
『クドリャフカ――』では、里志が文化祭のプログラムを作るとき担当者の特権として
古典部のコメントが目立つようにラストに配置したというけど、
プログラムをよく見ると、古典部だけサークル名とコメントの両方のフォントがゴシック体になっている。
他にも、じっくり読むといろいろ仕掛けがありそう。

それにしても、『氷菓』、『愚者のエンドロール』、『クドリャフカの順番』と、ネガティブな印象を
与えるタイトルが続いて、これだけ見るとひんやりした話なのかと誤解されかねない。
もちろん題名はストーリーと密接な関係があるんだけど、
気の置けない仲間がいて、青春まっさかりの文化祭だというのに、
氷・愚者・エンドロール・クドリャフカと、マイナスなイメージの言葉が並ぶのは、
楽しい謎解きと同時にきちんとテーマがあることを示したいんだろうか。

関係ないけど、三が日にDDSAT2をクリアしたところだったので、
『氷菓』の冒頭の「ベナレスからの手紙」にびくっとしました。

『春期限定いちごタルト事件』、『夏期限定トロピカルパフェ事件』、『秋期限定栗きんとん事件 上・下』
狐と狼の高校生活シリーズ、自分は何ができるのかという話。
数年前に『春期限定――』を読んだとき、いろいろ馴染めなくて
長いこと保留にしていたんだけど、改めて読んだら面白かった。
小鳩常悟朗と小山内ゆきのあえて「小市民でありたい」という思春期真っ只中な姿勢に
おごりを感じるとともに、すこし身につまされる。
高校生が主人公の一人称小説だから仕方ないけど、作品に描かれる世界は狭い。

ちなみに、『秋期限定――・下』で、小山内さんが部室に忘れた文庫本について、
P97には瓜野の視点で「値段は税込み六百円」と書かれていて、
次のページのレシートには「販 文庫 ¥580(外)」「合計 ¥609」とあって、
P165では「税込みで六百九円だった」と書いてあるのが謎。単に誤植かな。
奥付を確認したら自分が買った本は再版だけど、誤植が直してないだけだろうか。
小山内さんの本は文庫本で税抜き580円で、題名がちょっと変で、月こそ違え13日発売で、
前の巻がいいところで終わっっちゃったというから、『秋期限定――・下』そのものが
モチーフだと思うんだけど、そういう仕掛けをしてあるから、六百円が気になる。
栗きんとんはおいしいです。

『犬はどこだ』
後味がちょっと悪いので、そういうのが好きな人におすすめ。

『ボトルネック』
想像力の欠如は幸福を生まないという話。ミステリーというより、若者小説だった。
生活に基づいた上で閉塞感があって前途が厳しいので、青春小説というより若者小説と呼びたい。
歯を食いしばり君は行くのか?

別世界の自分は、この自分より良い人生を歩んでいたという物語はどこかで読んだことあるけど、
この小説は、自分の世界では生まれなかった姉と自分との比較なのがキモだと思う。
性差と年齢差があるのは救いなのか、そうでないのか。
米澤穂信の作品は、奔走する弟と力ある姉という関係が目につくのでメモ。
(折木奉太郎と供恵、堂島健吾とお姉さん、瓜野くんと小山内さん)

別にイチョウは伐り倒さなくても、ボトルネックは解消できると思うんだ、
資金と周りの住人の理解と手間を惜しまない情熱があれば。
イチョウを移植する、大型車両通行禁止にする、一方通行にしてガードレールを付ける、
それも無理なら挿し木や取り木でイチョウを代替わりさせる。
切り倒すのが一番安くて簡単だけど、よく考えればそれ以外の方法もある。
つまり、そういうことじゃないだろうか。
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『龍盤七朝  ケルベロス 壱』 [読書]

龍盤七朝の新作、古橋秀之パート。
三首四眼五臂六脚の生きもの、ケルベロスの物語。

昨年12月に発売されていたのに気付かなくて、昨日閉店間際の本屋さんで飛びついて買ってきた。
レーベルはメディアワークス文庫で、表紙は黒地に三つ首の怪物。
イラストは藤城陽さん。
小器用で不器用な半端者、廉把(レンパ)と、懐が広すぎて掴みどころのない鐘突き、浪无(ロウム)と、
獰猛な野良娘、蘭珈(ランカ)の3人が、架空中華を舞台に龍脈&功夫で切ったはったの貴種流離譚。

冒頭から引き込まれる構成はさすが。
強大な敵とさっそく接触して吹き飛ばされるのも良し。
今回の主役、廉把は得物が鏢(鏢は機種依存かも、金へんに票)なので、
戦闘シーンにスピード感がある。 三次元で状況が目に浮かぶ。
野良娘、蘭珈が、廉把や浪无や街の人に懐いていく様子も楽しい。
文章の間の取り方が、DRAGONBUSTERに近いと思った。

読み通した印象では、戦闘シーンが大半を占めていた気がするので、
次巻では社会の仕組みや文化にも、もっと触れてほしいな。
というか、今の3人ではたとえ天下を取っても、まっとうな良政を敷けなさそうと思うのだが、
ここから成長するのか、政治担当が登場するのか、天下を取ったあとのことなど考えちゃいないか。

とりあえず龍盤七朝の新作が出たことに、わたくし大喜びです。
ケルベロスの弐も、秋山瑞人パートの続きも待ってます。
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『アラビアの夜の種族』 1~3巻 [読書]

古川日出男作、『アラビアの夜の種族』。
著者が西暦2000年の夏、サウジアラビアのジェッダで出会った古書、
『The Arabian Nightbreeds』の邦訳版。

1798年、ナポレオン率いるフランス軍が間近に迫るカイロにて、
フランス軍の侵攻を防ぐための書物の形をした美しい罠、『災厄の書』の編纂が計画される。
聴き手と語り手―夜の種族(ナイトブリード)たちの前に紡がれるのは、希代の年代記。
それは蛇神と契約した醜悪な魔王と、魔術の才に恵まれた異端の孤児と、
正統な王の血を引く輝かしい剣士、3人の運命が交差する迷宮の物語。

こういう小説が読めてしあわせ。
史実と伝説、俗っぽい部分と厳かな部分が交差した、壮麗で卑俗な物語だった。
迷宮の描写は『Wizardry 狂王の試練場』リスペクト?とか、
『ひと夏の経験値―ファイナル・セーラー・クエスト』を思い出すものだったけど、
文庫版3冊を一気に読んでしまった。

以下の感想はネタバレしていますので、ご注意ください。

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『龍盤七朝 DRAGONBUSTER 01』 [読書]

秋山瑞人の新刊が出たよ!

今回の舞台は中華風ファンタジー。
いつもの秋山作品と違って、メカや猫や宇宙人やロボットは登場しないけど、
嘘か本当かわからない用語をさもそれらしく並べて世界観を構築する文章の流れは健在です。

買ってきた当日は、あとがきだけ読んでその世界に浸っていました。
そのあとがき、『凸凹』という漢字について語っているだけですけどね、ほとんど。

好きなシーンは、「あの姫君はひとりで棒を振っているだけでそれなりのところまで」。
屋台の親父が西瓜を砕くような手つきで包丁を振るって、
両手でなければ持てないくらいの大きな切れ端を無造作に寄越す場面も好きです。

01巻は複数の人物が少しずつ顔を見せて状況が徐々に明らかになっていく段階で、
ここから先が劇的な山場だと思うので、どうかあまり待たせず02巻を出してほしい。
きっと02巻は怒涛の勢いで物語が収束していくと思うんだ。

ヒロイン月華については、あのですね、
天衣無縫な彼女と被差別民である涼孤の関係がまるで
『猫の地球儀』の楽と幽(もしくは焔)みたいに見えるので、あまり無茶をしないでほしい。
怖いもの知らずな月華の言動を見ていると、彼女の行く末が心配でハラハラします。
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『黄昏の百合の骨』 [読書]

『麦の海に沈む果実』の続編、学園を出た後の理瀬の話。
舞台は港の見える丘の上にある「白百合荘」という名の一軒家。
今回も転落死や毒や失踪など様々な事件がありますが、
前作に比べたらおとなしいものでした。
理瀬が自分の生きるべき姿に自覚的になってしまうと、
むやみに不安がったり怯えたりしないから、落ち着いて読めます。

恩田陸の作品を読んだのは少し久しぶりです。
この人の本は実学のようなものではなくて、人生に示唆を与えるわけでもなくて、
ただ物語のための物語だけど、『三月』や『麦の海』のシリーズは特にその傾向が強い。
これは、大きくなったら悪になるように運命付けられた美少女が悩んだり、
羊の群れに混じる自分を客観的に眺めて面白がったり、
日の当たる世界との距離を測りあぐねて無口になったり、
センチメンタルになったりする様子を楽しむものなんだろうな。
理瀬が魔女になっていく様子が見ものなのであって、すっかり魔女になったらつまらない。

恩田陸の描く高校生は携帯電話を使わないなあと前から思っていたのですが、
最近発表された作品でもその傾向は変わらないでしょうか。
高校時代にケータイを使っていなかった世代の作家は、
携帯電話の入り込んだ高校生活を想像して書くのに苦心していると思う。


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『ファイアスターター (下)』 [読書]

スティーヴン・キングの古典的な名作。
発火能力を持つ小さな女の子と、彼女の保護者と研究者と社会の話。

恥ずかしながらキングの作品は初めて読みました。
『ファイアスターター』は新潮文庫に収録されているのですが、
絶版で上巻が手に入らず、古本屋で見つけてしばらく寝かせてあった下巻を読みました。
途中から入っても内容がわからなくて支障をきたすということはなかったです。
上巻から読んだ方がいいに決まっているけど、なかなか手が出せなかったわりに読みやすかった。

発火能力を持つ女の子のアクションは面白いけど、
彼女の父親は精神支配の能力を持っていて、話にさらに深みが増しています。
興味をひかれたのは跳弾現象。
父親に意識操作を受けた人間がその副作用で揺れる様子、
本人も忘れかけていた特定の思い出(トラウマ)に理性や意識が浸食されて、
気付かないうちに思考回路が崩れていく様子が怖いんだけど、巧くてすごい。
読者の心にも跳弾現象を起こしかねない。

超能力を持つ親子は研究対象として拘束されますが、
どうしても目を背けたいと思うような場面はなかったです。
心を閉ざしたファイアスターターの少女が、そうとは知らずに少しずつ
研究者サイドである元軍人に気を許していく場面は、心理戦として緊張感がある。
読者の感覚にじわじわと訴えてくる部分と、
この社会で起きている出来事かもしれないと思わせる現実感の両方がありました。

ラストの書きようが、まるで救いがあるようでした。
どこか大人びた金髪の女の子が、雑誌出版社に駆け込む。
きっとこの当時のジャーナリズムには希望が持てたんだな。
映画のエンディングだったら、お客さんを日常に戻してあげるような親切さ。
きちんとエンターテイメントだと思います。


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