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『遠まわりする雛』 [読書]

米澤穂信著、〈古典部〉シリーズの短編集。
古典部のメンバー4人が入学した当初の4月から、『氷菓』や『女帝』事件を挟み、1年生の3月まで。
短編集といっても、れっきとした本編の一部だと思います。
福部里志が伊原摩耶花の求愛をかわし続ける理由が明かされたり、重要な場面がいくつかあります。

『遠まわりする雛』のタイトルを最初に見たとき、モラトリアムする高校生たちという意味だと思った。
目次を見たら、この本の最後に収録されている短編のタイトルが「遠まわりする雛」で、
生き雛まつりの行列が遠回りすることになった顛末にまつわる謎解きなんだけど、
しかし、全部読み終わったらやっぱりダブルミーニングだと思った。
成長するのに(あるいは恋をするのに)いちいち理屈が必要で、よりみちも好きで、
3歩進んで2歩戻る男の子たちと、女の子たちの話だろう。このめんどくさい感じが好きだ。

「心あたりのある者は」
折木奉太郎が千反田えるからの称賛を論破するために、
そのとき流れた校内放送の一言から、何が起こったか推理を構築する話。
少なすぎる手掛かり。
初めから八方破れな推理になることは目に見えていたはずだった、が。
仲良いなあ、この二人。本人たちの自覚がないのは微笑ましくていいですね。

「手作りチョコレート事件」
ホータローと福部里志がゲームセンターで対戦しているのはバーチャロン?
大型筐体のロボット対戦もので、この作品の時代設定が2001年で、
ホータローがゲーセンに遊びに来たのは2年ぶりと書いてあるから、バーチャロンかな。
ふくちゃんの理屈は、不毛で潔癖で非建設的で思いやりがあって本人が真剣なところが好ましい。
摩耶花も、だから待っているんだろう。

「遠まわりする雛」
奉太郎が「これはしまった、これは良くないぞ」と予感するシーンが、たいへん面白かった。
ひとりで自覚して、それがなぜか言葉にならない、この悶々とした感じがたまらない。

同じく「遠まわりする雛」で、千反田えるが将来自分がやるべきことを語るシーンが良かった。
地域の現実を見据えたうえで、自分にできることをしようとする千反田さんは、
これまで見たことのない一面を見せていて素敵だった。
それに対して奉太郎が、それならもう一つを自分が受け持つのはどうだろうと
言おうとしたシーンは驚いたし、奉太郎かっこいいなあ!と思った。
奉太郎はいい男だね、いや、千反田えると向き合ううちに、いい男になったのか。

だけど、彼の腹が据わるのは古典部シリーズの最終巻でいいです。
このシリーズの登場人物たちにはもうしばらく遠まわりしていてほしいので、
それまではこのままじれじれしていてください。
『遠まわりする雛』は全体的に、奉太郎が千反田えるに振り回される覚悟を決めるのが早くて、
かっこよく見えた。短編というしばりのせいか。

……て、図書館でハードカバー版を借りて読んだのですが、つい最近、文庫が出たんですか。
探しに行ってきます。

2010年7月28日追記。
文庫版『遠まわりする雛』のあとがきには、タイトルの由来が書いてありました。
言わずもがなでしたね。
探しに行った本屋さんには米澤穂信コーナーができていて、これまでの著作はもちろん、
『インシテミル』に登場する凶器の出典元も一緒に平積みにされていました。
射殺・殴殺・薬殺 etc.の 刺激的な POP 付き。やるなあ、本屋さん。
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